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2010年4月5日

微生物がつくる化合物から抗がん剤を探す研究者

微生物が生み出す多種多様な化合物、その中から骨粗しょう症の治療薬や抗がん剤となる有用な化合物を探す研究者がいる。理研基幹研究所 化合物ライブラリー評価研究チームの川谷 誠研究員だ。感染症の治療に威力を発揮した“ペニシリン”もアオカビがつくる化合物である。川谷研究員は2006年、理研基幹研究所 長田抗生物質研究室の長田裕之主任研究員らとともに、放線菌がつくる化合物“リベロマイシンA”に、骨粗しょう症の治療効果やがんの骨転移を抑える効果があることを発見。この成果は新聞各紙にも取り上げられ、注目を集めた。“第13回(2009年度)日本がん分子標的治療学会研究奨励賞”“理化学研究所平成20年度研究奨励賞”を受賞するなど、着実に業績を積み重ねてきた川谷研究員の素顔に迫る。

川谷誠研究員

川谷誠 研究員

基幹研究所 化合物ライブラリー評価研究チーム

1975年、茨城県生まれ。理学博士。千葉県立佐原高等学校卒業。1998年、慶應義塾大学理工学部応用化学科卒業。2003年、慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程修了。同年4月、理研入所。長田抗生物質研究室基礎科学特別研究員などを経て、2009年10月より現職。専門はケミカルバイオロジー。

リベロマイシンAを投与した骨粗しょう症モデルラットの骨の様子

図:リベロマイシンAを投与した骨粗しょう症モデルラットの骨の様子

リベロマイシンAは破骨細胞(赤)を選択的に死滅させる作用を持つ。

川谷研究員の出身は、Jリーグ・鹿島アントラーズの本拠地に近い茨城県神栖(かみす)市。「サッカーが盛んな場所で、小学生のときは地元の選抜チームに入っていました。将来の夢はサッカー選手。好奇心が旺盛で、“くどい”と言われるほど質問する子どもでした」。高校は千葉県の学校を選んだ。「自転車で片道2時間。県境の利根川を越えると、サッカーはまるで人気がなく、ショックでしたね。高校時代、親しかった友人の母が、がんで亡くなりました。身近な人の死は初めてでした。病気で苦しんでいる人の役に立つ仕事をしたい、そう思い始めたのもそのころです」

1994年、慶應義塾大学理工学部へ。大学でもサッカーざんまいの日々を送っていたが、4年生のとき将来を決める出会いがあった。「微生物がつくる化合物から有用な機能を持つものを見つける──そんな研究があると知り、宝探しのようで面白そうだと思いました」。それは“ケミカルバイオロジー”と呼ばれ、特に近年注目されている分野だ。「細胞を入れたシャーレに化合物を加え、次の日ふたを開けると、予想もしないことが起きていたりする。それが面白くて、ケミカルバイオロジーにハマっていきました」
2003年の理研入所後も宝探しを続けてきた川谷研究員の名前が2006年、新聞各紙に掲載された。「“放線菌がつくるリベロマイシンAが骨粗しょう症の骨の破壊を止めることを発見”という記事です。プレス発表当日、長田主任研究員がインフルエンザにかかって、急きょ私が発表することに……緊張しましたね」。骨粗しょう症は、骨を壊す破骨(はこつ)細胞が働き過ぎるために起きる。骨粗しょう症のモデルラットを使った実験で、リベロマイシンAは破骨細胞だけを殺し、骨をつくる骨芽(こつが)細胞は殺さないことが分かった(図)。また、低濃度で効果があり、副作用もないことも確認した。「新聞を見た患者さんから相談や期待の手紙をたくさん頂きました。現在、製薬会社と共同で、骨粗しょう症の治療薬開発を目指しています」

理研は2007年、天然化合物を収集・保存・提供する“天然化合物バンク(NPDepo(エヌピーデポ))”を設立。収蔵数は3万化合物を超えている。川谷研究員は、その中から抗がん作用を持つ化合物を探索し、薬に結び付けようとしている。「何千種類試しても、目的の作用を持つ化合物はなかなか見つかりません。ようやく抗がん作用のある化合物を見つけると、その仕組みを調べます。次に動物実験をしますが、抗がん作用が出ないことも多く、その場合は最初からやり直しです。楽観主義者でないとやっていけません。体力と忍耐力も必要です」
今後の夢は?「化合物で細胞を自由にコントロールしてみたいですね。細胞の中にあるタンパク質すべてに、それぞれ作用する化合物を見つけられるはずです。それを使って細胞の機能をコントロールできれば、薬の開発や生命の理解が大きく進むはずです」。川谷研究員は今、新しく見つけた抗がん作用を持つ化合物の解析を進めている。理研から骨粗しょう症の治療薬や抗がん剤が誕生する日を楽しみに待とう。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2010年4月号より転載