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2010年2月5日

星と星との間に潜む物質その正体に迫る研究者

誰もが興味を抱く“生命の起源”の問題について、一つの示唆を与える結果が天文学の分野から提案されている。地球上の生物の体を構成する物質が、星と星の間に広がる“星間空間”と呼ばれる領域に存在するかもしれないのだ。星間空間に存在する物質の正体を探るため、理研基幹研究所の二人の若手研究者が手を組んだ。クェーサー吸収線の観測・研究を専門とする三澤透 基礎科学特別研究員(牧島宇宙放射線研究室)と、分光装置の開発・ナノ物質の物性計測を専門とする飛田聡 基礎科学特別研究員(石橋極微デバイス工学研究室)だ。二人は2009年8月、天体観測と実験室での計測から、星間空間に炭素原子60個で構成されるサッカーボール形の“フラーレン”(C60)が存在することを明らかにした。異分野の連携により短期間で大きな成果を挙げた、二人の素顔に迫る。
三澤透基礎科学特別研究員と飛田聡基礎科学特別研究員

三澤透 基礎科学特別研究員・飛田聡 基礎科学特別研究員

基幹研究所

三澤透
1974年、長野県生まれ。理学博士。長野県立長野高校卒業。1998年、東北大学理学部宇宙地球物理学科卒業。2003年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。国立天文台、ペンシルベニア州立大学を経て、2008年、理化学研究所入所。専門はクェーサー吸収線。

飛田聡
1975年、佐賀県生まれ。工学博士。1994年、久留米大学附設高等学校卒業。1998年、東京大学工学部物理工学科卒業。2003年、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了。東京工業大学助手を経て、2007年、理化学研究所入所。専門は顕微鏡法およびナノサイエンス。

図1・2・3

図1:DIB(拡散星間バンド)の例
銀河系内にある星から地球上に来る光には300本を超える吸収線“DIB”がある。星間空間にある物質によって特定の波長の光が吸収されたためだが、DIBの原因物質は特定できていない。

図2:実験室で測定したイオン化したC60による吸収線の一つ
真空状態にした装置の中でC60をイオン化し、外部から光を照射して波長ごとの透過率を調べることで、吸収線を検出することができる。C60と同様のやり方で、ほかの試料の測定も可能。

図3:C60が原因と考えられる吸収線の一つ
オリオン星雲にある三つの星を観測し、そのうち二つの星で見つかった吸収線。実験室で測定したイオン化したC60による吸収線と同じ波長であることが明らかになった。

興味を持ったもの──星と色

──どういう子どもでしたか。
三澤:信州で満天の星を見て育ったためか、星に興味がありました。小学6年生のときにハレー彗星(すいせい)の大接近があり、双眼鏡で観察しました。ぼやっとしか見えなかったのですが、神秘的な体験でしたね。
飛田:私は福岡県大牟田(おおむた)市、炭鉱の町で育ちました。捨て石を積んだ“ぼた山”に登ったり、こっそりトロッコに乗ったり、有明海で潟(がた)スキーをしたり、まさに自然児でした。
──研究者になろうと思ったきっかけは。
三澤:英語で主語と述語の順序が入れ替わった文学的な表現があると、違和感があって許せないと思うくらい、物事を突き詰める性格でした。間違いなく理系向き。物理、地学、生物、化学、全部に興味があり、どれにしようかずいぶん悩みました。高校2年生のとき、生物を本格的に学ぼうと決めていたのですが、NHKで放映された『アインシュタインロマン』を見て天文学者を目指すことにしました。
飛田:母の実家が佐賀県にあったので、有田焼の産地によく行きました。有田焼は白磁(はくじ)に描かれる鮮やかな色の絵が特徴ですが、窯(かま)に入れる前の色はまったく違います。その色が、なぜあのきれいな色になるのか不思議でした。色への興味が、今の仕事“分光”につながっていると思います。太陽の光をプリズムに通すと7色に分かれます。光を色、つまり波長ごとに分けて測定することを分光といいます。実は昔から陶芸自体にも興味があり、時には七輪(しちりん)を使って焼いたりもしています。自作のぐい飲みで飲むお酒は格別です。
──どのような研究をされているのですか。
三澤:天文というと銀河や星雲のきれいな写真を思い浮かべるかもしれませんが、私は直接目には見えないものを研究しています。銀河と銀河、星と星の間はガスで満たされていますが、そのガスは見ることができません。天体から出た光はガスを通って地球に届きます。その光を分光し、横軸に波長、縦軸に強度を取ったグラフをつくると、谷のような部分が現れます。この谷はガス中の物質によって吸収された光で、“吸収線”と呼ばれます。吸収線の波長や強さを調べると、ガス中の物質を特定できるのです。大学院のときから、宇宙の果てにあるクェーサーという天体から来る光の吸収線を観測して、銀河と銀河の間にある物質の研究をしてきました。
飛田:大学院では走査型プローブ顕微鏡と分光法を融合した装置を開発していたのですが、うまくいかず、試行錯誤の日々が2年間も続きました。そんなとき、原子で“IBM”と書いたことで有名なドン・アイグラー博士にお会いし、「自分も装置の開発には何年も苦労した。君も頑張りなさい」と言われ、勇気が出ました。その後、初めて出席した国際会議が、開発に成功した装置で出した研究成果での招待講演でした。新しいことをやれば一気に最前線に行けることを知りました。一度それを味わうと、また新しいことをやりたくなる。理研でも、装置開発の仕事を続けています。

フラーレンが二人をつないだ

──共同研究を始めたきっかけは。
三澤:銀河系内にある星から地球上に来る光には300本を超える吸収線が見つかっており、“DIB(Diffuse Inter-stellar Band:拡散星間バンド)”と呼ばれています(図1)。しかし、DIBの原因物質は特定できていません。私は銀河と銀河の間にある物質を調べていましたが、“足元”の星間空間の物質すら分かっていないことを知り衝撃を受けました。2本のDIBだけは炭素原子60個で構成されるサッカーボール形の“フラーレン”(C60)ではないかといわれていたため、それが本当かどうか調べようと思ったのです。しかし、私にはフラーレンの知識がない。研究室の上司に相談すると、理研に炭素物質の分光測定をしている研究者がいると教えてくれました。それが、飛田さんでした。
飛田:フラーレンは星間物質の研究をきっかけに発見されたものですし、私も流星群を見に車で遠くまで出掛けたこともあります。三澤さんの話には、とても興味を引かれました。
三澤:さっそく「研究奨励ファンド※」に応募しました。無事採択され、共同研究できることになったのです。
──どのような成果が出ているのですか。
飛田:実験室では、天文観測のデータと直接比較できるように、星間空間に近い環境をつくり出して光吸収を測定しなければなりません。星間空間には大気はなく、また星間物質は星からの強い紫外光などの影響を受けてイオン化していると考えられています。実験室でも、真空にした装置の中でフラーレンをイオン化させて測定を行いました(図2)。難しかったのは、光吸収を測定している間、イオン化したフラーレンを低い濃度で均一に保っておくこと。そこで大学時代からの装置づくりの経験が活きました。C60だけでなくC70の光吸収の測定にも成功しています。研究奨励ファンドに採択されなかったら、この装置はつくれませんでしたね。
三澤:私は「すばる」望遠鏡を使ってオリオン星雲にある三つの星を観測しました。その結果、これまでの2本に加えて新たに3本の吸収線が、実験室で測定したC60による吸収線と同一であることを明らかにしました(図3)。
研究奨励ファンドの成果報告会では、高い評価をいただきました。互いの存在がいい意味でのプレッシャーになり、良い結果につながったのだと思います。

フラーレンからアミノ酸、生命の起源へ

──お互いの印象は。
三澤:飛田さんは堅実家。天文学者は“桁(けた)の研究”といわれ、細かい数字を議論することはありません。飛田さんは細かい視点からの質問をしてきて、どんどん定量的な議論に発展していきます。とても勉強になります。
飛田:三澤さんはドリーマー。私もそうありたいと思っています。
──今後はどのように研究を進めていく計画ですか。
三澤:研究奨励ファンドは1年間で終了しましたが、共同研究は続けることができます。「すばる」望遠鏡を使って、ほかの星の吸収線を調べたり、100億光年も遠方の宇宙を観測して宇宙の歴史の中でいつフラーレンがつくられたかを明らかにしたいと思っています。大気の影響を受けないハッブル宇宙望遠鏡を使った観測もしたいですね。
飛田:「すばる」の分光器は4mもあると聞いて驚きました。ぜひ見に行きたい。私たちの研究室の分光器は1m。観測データと細部まで比較できるように、さらに分解能を上げる努力をする必要があります。
──吸収線の研究は、どのような発展が期待できますか。
三澤:吸収線からアミノ酸を検出することもできます。私たちの体はアミノ酸が連なったタンパク質で構成されています。つまり、生命の起源へ迫ることができるのです。
飛田:今回製作した装置は、フラーレン以外の物質も測定可能です。私はコラーゲンなど生体材料も扱っているので、任せてください。
三澤:飛田さんが生体材料を扱っているとは知りませんでした。ぜひ、アミノ酸をターゲットにした研究も進めましょう。

※研究奨励ファンド:若手の意欲的な研究を奨励することを目的とし、理研基幹研究所・理研仁科加速器研究センター・理研放射光科学総合研究センターを中心に横断的に実施している。

(取材・構成:鈴木志乃/フォトンクリエイト)

『理研ニュース』2010年2月号より転載