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2007年9月5日

将棋から思考を探る研究者

理研脳科学総合研究センター(BSI)に、将棋を題材に思考の謎に迫ろうとする研究者がいる。創発知能ダイナミクス研究チームの中谷裕教 研究員だ。中谷研究員は東北大学で工学的な立場から7年間、末梢神経の活動から感覚情報を推定する方法を研究していたが、“人間はどうやって感覚をつくり出しているのか?”との疑問を抱き、2002年、BSIに研究の場を移した。今年4月からは将棋のプロ棋士やアマチュア棋士、そして富士通(株)の協力を得て、直感的思考に関連した脳活動の解析の研究を開始(8月3日プレスリリース)。中谷研究員は自らが立てた仮説「“見て分かる”ということは直感的な思考の結果である」を検証するために、日々奮闘している。将棋の駒の生産地として有名な山形県育ちの中谷研究員、その素顔に迫る。

中谷裕教研究員

中谷裕教 研究員

脳科学総合研究センター 創発知能ダイナミクス研究チーム

1973年1月7日、宮城県生まれ。山形県立山形東高校から1992年、東北大学工学部へ進学。2001年、東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了。同大学院助手を経て、2002年、理化学研究所入所。

ネッカーキューブ(左)と見え方が変わるときの脳波(右)

図:ネッカーキューブ(左)と見え方が変わるときの脳波(右)

子どものころ、「田んぼでドジョウを捕まえて遊んでいました。父親が山形大学で生物を教えていて、その関係でザリガニなども家にたくさんいたんですよ。自然が好きでしたね。アマチュア無線の免許も取りました」。中学時代は?「バスケットボールをやり始め、今でもやっています。それと将棋を始めたのもそのころ、初段を取ったんですよ」。高校に進学し、進路を決めた理由をこう語る。「半導体とかコンピュータの研究にあこがれ、東北大学工学部に入りました」

大学に進学後、「人が簡単にできることがコンピュータにはすごく難しいので、人を対象とした研究をしたいと思うようになりました」。博士課程を修了後、2001年に助手になった。「研究を進める中で、“脳はどうやって感覚をつくり出しているのか?”に興味を持ち始めたんです」。そして、ある冊子が中谷研究員の心を動かした。「たまたま読んだ『理研BSIニュース』(2000年12月号)に、伊藤正男先生(BSI特別顧問)と立花隆さんの対談がありました。そこに“BSIでは若手に自由を与えてどんどん研究してもらう”とあり、“理研で働きたい!”と思ったんです。その記事が人生を変えましたね」。中谷研究員は2001年12月、BSIのCees van Leeuwen(ケース ファン レーベン)チームリーダーに一通のメールを送った。「研究員の募集はなかったんですが、“面接をするので1月に”と返信が来たんです!」

念願がかない、2002年4月、BSIへ。「視覚による知覚の研究は、具体的なモノを見せて脳内の活動を調べるのが主流です。脳には形に反応する細胞があり、その細胞が反応するとモノを知覚するといわれています。でも、僕は形、つまり目から入ってきた情報に解釈を加えることで、知覚できるようになると考えています」。そこで、“知覚交替”に関連した脳活動の解析を開始。知覚交替とは、だまし絵(多義図形)を一定時間見ていると自発的にその見え方が変化することだ。「図形の見え方が変化するということは、図形に対する意味付けが変化することなので、知覚に関連する脳活動を調べるのに適した課題です。“ネッカーキューブ”というだまし絵を使って実験した結果、図形の見え方が変わるときに前頭部と頭頂部の脳波活動が同期していることが分かりました(図)」

BSIの任期は5年。昨年が任期終了の年だった。「次の仕事を探していたら、BSIにたまたま将棋プロジェクトができたんです。将棋のプロは、次に指す手が直感的に分かるんです。これなら、“見て分かる”ということは直感的な思考の結果である、という僕の仮説を検証できる……。そして今年の4月から将棋プロジェクトに参加しました。思考はまだ学問として確立されていませんが、手始めとして将棋の直感的思考を研究しています」

尊敬する人は?「2003年に亡くなったBSIの松本元先生。先生の本にすごく影響を受けました。脳科学の専門的な話から、一般的なところにまで話を膨らませられる。そういったところを僕もできたらと思います」。休みの日には趣味で和太鼓を習っているという中谷研究員。いつの日か脳科学に新たな分野が拓かれるかもしれない。

『理研ニュース』2007年9月号より転載