細胞表面をびっしりと覆っている糖鎖(図)。糖鎖は糖分子がつながり合った一群で、そこにどんな細胞が存在しているのかを周囲の細胞に伝える情報分子としての役割や、タンパク質の機能を補ったりと、多彩な機能を持つ。また、その時々に応じて変化し、生体にとって重要な役割を果たしている。しかし糖鎖の機能を調べる研究は、遺伝子やタンパク質などの生体物質に比べ、まだまだ未踏の領域ばかりというのが現状だ。果敢にもこの領域を開拓しようと奮闘する、北爪しのぶ研究員(フロンティア研究システム 糖鎖機能研究チーム)。2003年「日本女性科学者の会奨励賞」、2005年「文部科学大臣賞若手科学者賞」を受賞するなど、着実に業績を挙げてきた北爪研究員の素顔に迫る。
北爪しのぶ 研究員
フロンティア研究システム 糖鎖機能研究チーム
1968年、埼玉県生まれ。39歳。埼玉県立浦和第一女子高校出身。1990年、東京大学理学部卒業。1995年、同大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了。1997年、理化学研究所入所。
図:細胞表面の模式図
『サイエンティフィック・アメリカン』より転載
小学生のころは男の子を追いかけ回すほど活発だった北爪研究員。「野口英世の伝記を読んで、お医者さんになりたいと思っていました」と、当時を振り返る。中学ではバレーボール部に入り、部長も務めたが「背が低かったので向いてない……」、自分に何ができるのか悩みつつ、高校では生物部に入った。「伊豆の海に行って、磯採集したものをみそ汁に入れて食べたり、イナゴを採集して佃煮にしたり……、生物部っていうよりも、野外活動の部でした(笑)」。
1986年、東京大学入学。「4年生のときに、井上康男先生の糖鎖の研究室に入りました。自分の研究スタイルは、井上先生の生体物質化学をベースにした研究姿勢の影響を受けています」。分子生物学が主流の時代に糖鎖を選んだ理由は? 「みんながやっていないことをやりたかったからですね」。糖鎖とは? 「細胞表面は糖鎖で覆われています(図)。細胞にとっての表情というか顔みたいな部分。例えば、がんになるとその細胞はがん細胞の表情をする。要するに、がんに特異的な糖鎖を細胞の表面に出すんです」。糖鎖の働きは? 「タンパク質の機能を補ったり、がんの転移、免疫の応答、細胞接着など幅広い働きをしています」
博士課程修了後、米国に渡りニューヨーク州立大学、イリノイ州立大学を経て、1997年、理研に研究の場を移した。渡米中に結婚し、現在は5歳と8歳の男の子の母親でもある。子育てと研究の両立について尋ねると「理研は子育てしながら研究するには最適な場所。私の場合、上司のサポートやテクニカルスタッフの方の存在も大きかったですね。今は託児所もあります。理研には女性が働きやすい研究環境があります。もっとたくさんの女性に来てほしいですね」
理研では、糖鎖の中でも一番端に付く糖、“シアル酸”(図)に注目して研究を進めてきた。シアル酸とは? 「負電荷を持っているので、糖鎖の中でもほかの分子によって認識されやすい目印となるところです」。糖鎖にシアル酸を付加する“シアル酸転移酵素”について調べていたところ、理研脳科学総合研究センターの西道隆臣チームリーダーとの話をきっかけに、アルツハイマー病の原因物質“βアミロイド(Aβ)”の生産にかかわる酵素“BACE1”がシアル酸転移酵素を切断することを発見。そして近々、新しい成果について発表があるそうだ。
最後に糖鎖の研究は面白いか? と尋ねたところ、「糖鎖の機能は糖鎖ごとに違いがあり、どうやってアプローチしていくか……、ワクワクするんです。今後は、シアル酸を含めた糖鎖の機能を中心に研究したいですね」と意気込みを聞かせてくれた。北爪研究員が謎だらけの“糖鎖”を攻略する姿を追い続けたい。
『理研ニュース』2007年3月号より転載